2006年1月22日 (日)

門司港

06_01_11_15_13 06_01_11_16_37 06_01_11_16_43

門司港駅は、大正3年イタリアのテルミニ駅をモデルにネオルネサンス様式を用いられ建造された。街は長く貿易の拠点として栄え、「バナナの叩き売り」発祥の地としても有名である。関門海峡を挟んで向こう側は下関であり、名産品のふぐ(:地元では「フク」とよんでいる)は名高い。

06_01_11_16_09 06_01_11_16_07

右は大正13年、相対性理論で有名な物理学者アインシュタイン博士夫妻も宿泊した旧三井倶楽部(:三井物産の社交場)である。

歴史的には、門司と海峡の向こう側にある彦島で古代メソポタミア文明のシュメール文字の石盤などが発見され、かつて遠い地から流れ着いた一団があったものと思われる。古代より中国、朝鮮半島との交流も進んでおり、”文化の玄関口”という誇りもあったはずだ。平安から鎌倉時代への移行期、源氏と平家の戦いの行われた壇ノ浦から、落ち延びてきた平家の隠れ里なんかもあったらしい。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2005年12月 4日 (日)

東京の古墳/大森貝塚、モース博士

品川歴史館で開催されている「東京の古墳展」に行った。残念ながら12月4日 までだ。場所はちょうどJR大森駅と大井町駅の中間にある。

東大井四丁目付近には、品川大井古墳群が存在していた。6世紀のものと見られ埴輪なども出土している。今回の「東京の古墳展」は、大井古墳を含む多摩川流域や東京低地に存在した古墳から出土した鏡、剣、玉、装身具、馬具、埴輪、土器類を展示。

1877年、アメリカ人 E.S.モース博士は、大森から品川へむかう東海道線の汽車の中から貝層を発見した。縄文時代後期から晩期のものと見られ、当時の人々の生活環境だけでなく、海岸線の位置を知る手がかりともなっている。

なお、モース博士は日本全土を旅しており、日本文化について記された著書は味があっておもしろい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月11日 (火)

トロントの思い出

世間は連休が終わり、今日からまた仕事が始まったのだろう。でも僕は今日、休日だ。ちょっぴりさびしい気もするけど、町は静かである。今は黙々とコンピューターをにらみながらネットワークの監視、システム開発やデータ集計をしている毎日だけれど、僕にだって華やかな時代はあったのさ。

約4年間、僕はカナダにあるトロントという街でショー・ビジネスの世界にいた。舞台がメインだったけど、映画、テレビ、ラジオなんかにも関わっていた。ま、本業はコメディアン?かな。僕は外国人という立場にあったので、ハリウッドにべったりのスタンスではなくて、海外の文化を広める方にいたと思う。

これがむかしのわたしで、これは友人のショーでぼくらのゆめでもあった。(※これらのLINKしている先は、記述、音声とも英語です。)興味のある人はいってみてね。

”むかしのわたし”のは、たしかYonge Street(世界一長い道路) とEglinton Avenueのクロスポイントにある”YUK YUK'S”というコメディークラブ(修行中のジム・キャリーなんかが立ってたとこ)でやったスタンダップ・コメディー(一人漫談みたいなやつ)だと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 3日 (月)

ヨコハマ・グラフィティ

横浜市歴史博物館へ

05_09_04_16_49
05_10_03_14_01
05_10_03_13_53

【左】横浜税関・・・海からの玄関口。異国の風を感じる。

【中】ベローチェ神奈川県庁前店・・・広くて落ち着けるカフェ。

【右】ビリアード「ジャック」・・・建物2階にある。いつもジャズが流れている。

僕が帰国してから、4年間お世話になった横浜。上の3枚は、山下公園から日本大通りのエリアだ。今でもよく行く街で、今日も休日だったので行ってきた。ビリアード・ジャックには、僕が住んでいた頃に毎週通った。親しくはなかったがマスターの伝説のミスショットも目撃した。大桟橋入り口にある。

山下公園を元町方面に歩いて行き、丘を登ると有名な外人墓地なんかがあり、ちょっと落ち着いた雰囲気がある(高級住宅街さ)。写生なんかやっている人たちが多い。港が見える丘公園からは、ベイブリッジも見えるよ。

元町のトンネルの向こうに本牧があり、なかなか味のある町が広がる。ちなみに僕は根岸線山手駅のそばに住んでいた。山手商店街って長いんだよね。あと坂も多かったな。でもどの坂もがんばって登りきるといい景色が見れたもんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)