2021年10月21日 (木)

なつかしのジージャン

ジーパンをはき始めたのは、中学からだった。

それまでは、アディダスやプーマのジャージ、ときには、半ズボン(短パン)を一年中はいてる同級生もいた。当時の違反学生ズボン「ボンタン」なんかにみられるように幅の太いものが流行していて、ジーンズもゆとりのある太いものが多かった。

そして、秋から冬にかけての上着が、ジージャンである。

ジーパンと同じデニム生地のジャンパーはかっこよく、当時のバンドブームと相まって、あこがれのファッション。男子も女子も着れて、クラスでは地味だった女子の私服がシブいジージャンだったりすると、ちょっぴり恋心が芽生えたりした。

おそろいのジージャンを着てデートしている先輩たちを羨望のまなざしで眺めた中一の秋・・・。

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2021年9月 6日 (月)

イーグルサムの黄金像

イーグル・サムの黄金像は、僕の宝物のひとつ。

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1984年ロサンゼルス・オリンピックのマスコット。同時期にテレビでアニメもやってたはずだ。

ロサンゼルス五輪は、自分の記憶に残る最初のオリンピックで、小学3、4年だったか?水泳平泳ぎの長崎 宏子のラストスパートを友達と教室の床で真似していた。

それから、なんといっても伝説のカール・ルイス!!この陸上の王者は、100、200mを世界最速で走り抜けたかと思えば、走り幅跳びで誰よりも遠くへ飛ぶことができたのだ。ちなみに、学校で足の速い女子は、たいてい「カールルイ子」と呼ばれた。

あの像は、今でも金色に輝く。

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2021年8月12日 (木)

違反学ランの裏ボタン

当時、多くの生徒たちが不良にあこがれて、違反学ランや違反ズボンを買うのであったが、かなり高い金額が必要だった。(この辺が、裕福な家の子のヤンキーも多かった理由か?)それから、目立つ学生服は、おっかない生活指導教師なんかから没収される危険も大きい。

だから、安い小物アイテムから入っていくのが普通で、たとえば、ボタン、くしや財布とか・・・、そして、裏ボタンだ!

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「ファッションチェンジ」カテゴリ。制服のボタンの裏側には、表のボタンを固定する小さな板型ボタンがついていた。

一般的だったのが、透明プラスチックの下にドクロやサソリ、龍や虎なんかが描かれているのもの。それから、英語ロゴのメタル製なんかもあった。有名なところでは、文字入りの「恋」「人」「募」「集」「中」がちょうど5つそろってオシャレ?だった。


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2021年7月11日 (日)

イハン服カタログ(80年代ヤンキー文化)

80年代の学生時代は、かなり荒れていた。とくに、中学時代はヤンキー最盛期の時代で、隣の校区に行くときでさえ命がけだった気がする。

もちろん、違反学ラン(変形服)は「不良の入り口」とされていて、他校の生徒との戦いを覚悟しながら隣町まで買いに出かけた。

これらの違反服カタログは、僕らの宝物。メジャーだったのは、MAX RUGGER(マックスラガー)とJACK KENT(ジャックケント)か。

Henkeigakuran2

学生ズボンでは、ボンタン、ドカンなどは有名。ワタリ(幅)50㎝以上が一般的だったか?さらに、すそをかなり絞った「バクダン」は、かなり気合の入ったヤンキーしかはけなかったと思う。ハイウエ(ベルトの上)が10㎝以上、スリータック以上は珍しかった。

学ランでは、短ラン、長ラン、ヨウランとあった。短ランが一般的で、長ランなんかは卒業式で見かけたくらいだった。

ちなみに、僕らの中学校では、短ランにスリムボンタンが流行っていた。

 

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2021年7月 3日 (土)

怪奇!ホラー貯金箱

子供の頃に使っていた貯金箱で最も印象に残っているのが、棺桶の形をした貯金箱。

棺桶の前にコインを置くとふたが開いておどろおどろしい手が出てきて、お金を棺桶の中に持っていくといったもの。プラモデルを自分で組み立てた記憶がある。

当時持っていたのは、上のものよりもっと安っぽい手だけのものだった。

その後、ゾンビなどホラーブームもやってきて、僕はお化け屋敷のジオラマを作りたいと思っていた。そして、その一部分に使用するため、その貯金箱から電動で動く手だけを外していたんだけど、いつの間にかなくなっていた・・・。

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2021年6月30日 (水)

駄菓子屋のパターン 10円しかないとき編

今回の駄菓子屋の買いものパターンは、予算のないとき編。

駄菓子屋に通った子供時代、だいたいの予算は100円だった。だが、お小遣いを使い果たしたときに限って、駄菓子屋のゲームコーナーに新作ゲームが入ったという情報を聞くのだ!そんなときは、無理やりに家の手伝いなんかをして、10円や20円稼いでから駄菓子屋に向かうのだった。

ポケットに10円しかないとき・・・

そのときは、選択の余地なく、どんぐりガム。理由はくじ付きなら、かなりの低確率でもう一個食べられるから。同じ理由で、ひもアメやガムくじ。ガムくじは、箱のボタンを押して、転がってくるガム玉の色で金額分のお菓子がもらえる。いつもの定番、モロッコヨーグルやラムネ菓子系は、すぐに食べてしまうので選ばない。

しょっぱいものだったら、うまい棒、キャベツ太郎などのスナックはあきらめて、かたい酢イカ(酢ダコはすぐ食べてしまうので注意)やスルメ。

長持ちするお菓子には、ポンポン菓子のつまった袋「にんじん」なんかもある。ただし、これなんかは味が薄いため人気が低く、予算のある日は絶対買わなかった。でも、大人になってから好きになるパターンのお菓子だ。

とにかく、長持ちするものを選ぶのだ。それを食べている間は、人のやるゲームを見ていても駄菓子屋のおばさんににらまれることがないのだから・・・。

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2021年6月 6日 (日)

昔の道路はよごれていた・・・

むかしの道路は汚かった・・・。

僕らが子供時代に歩いていた道は、ものすごく汚れていた気がする。側溝にふたがないのは当たり前だったし、道端には、タバコの吸い殻やゴミ、エロ本やマンガ雑誌、壊れた電気製品なんかも捨てられていた。犬のフンなんかは、いたるところに転がっていて、よく木の棒などが突き刺さっていた。

ただし、ごくまれにお宝が落ちていることもあって、キンけしのプラネットマンを拾ったときは驚いた。それから、古いライターなんかもよく拾っていたんだけど、家に持って帰ると怒られるので、秘密基地などに保管していた。

でも、道路に引かれたチョークの線や輪、塀や壁に描かれた落書きや名言には、なぜか心に響くものがあって、誰もいなくなった夕暮れ時に、ぼんやり眺めてしまうのだった。

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2021年5月19日 (水)

階段を下りるバネ

昭和の幼少時代を思い出すとき、妙な感覚とともに思い出すおもちゃなんかがある。以前紹介したものでは、ネズミのように動くモーラー、うなぎのようにツルツルするつるべえ、ドラキュラのキバ・・・。

そして、スプリングの玩具もなつかしい。

階段を尺取虫のように降りてくる様子が不思議だった。ただし、2、3回遊ぶと必ずバネがこんがらがってしまって、そのまま、ホコリをかぶるのであったが。

当時は「バネ」や「スプリング」と呼んでいたと思うけれど、正式名称は、アメリカの製造元「スリンキー」だった。それから、別名なのか「トムボーイ」とも呼ばれたらしいが、それで思い出すのが、キン肉マンの悪魔超人編でウルフマン(テレビではリキシマン)をバラバラにしたスプリングマンの必殺技「デビル・トムボーイ」だろう。

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2021年3月20日 (土)

火薬てっぽう(駄菓子屋シリーズ)

むかしの駄菓子屋には、火薬を使って遊ぶおもちゃがたくさんあった。その代表格は鉄砲だろう。

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マッチ箱のような紙製箱の中には、プラスチック容器の中に詰まった火薬が入っていて、リボルバー式だとそのまま輪っかごと詰めて、鉄砲のトリガーを引くと弾かれてパンッとなる。

小型鉄製のモデルガンは、なかなかリアルだった。革製のホルダーも本格的。

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こちらは火薬の粒を一つはずして、はめ込んだ記憶がある。

他にも大砲キャノンのミニチュアなんかもあった。もちろんタイヤが動き走行可能。

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こちらも一つずつ火薬を詰める。

たくさん遊ぶと臭くなって、親から怒られるのであった。

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2021年1月 6日 (水)

懐かしいプラモ「ロボダッチ島」

人気アニメ「ガンダム」のモビルスーツをモデルにしたプラモデル「ガンプラ」は、日本に一大ブームを巻き起こした。だが、そのガンプラブームの陰に隠れて、しかし、根強い人気プラモがあった。

それが、ロボダッチだ!

丸っこくて愛らしいロボットたちは、個性派ぞろい。一体100円くらいで買えたり、パーツが少なく簡単に組み立てられたため、小さな子供に人気が高かった。

その集大成ともいえるのが「ロボット島」またの名を「ロボッ島(ろぼっとう)」シリーズ。

これは、人気の戦艦島

ロボットたちの住む島や街などがジオラマ風にできるのが魅力で、たくさんのキャラクターたちがセットでそろえられるのだった。

ちなみに、僕が好きだったのは「ガンX」というキャラで、プラモデル版ではずんぐりむっくりなんだけど、消しゴム版ではスマートでメチャクチャかっこよかった。

 

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