2020年10月14日 (水)

怪獣墓場に帰ったシーボーズ

初代ウルトラマンは、子供のころに再放送で見ていた。ときどき、怪獣同士が戦ったり、ウルトラマンが負けたりする珍しい話が記憶に残っているが、とくに印象的なのが、35話「怪獣墓場」だった。

怪獣墓場からアクシデントで地球に来てしまった亡霊怪獣シーボーズは、凶暴な怪獣が多いシリーズには珍しく、ウルトラマンや科学特捜隊に同情される哀れな怪獣だ。

怪獣墓場に帰りたいのに自分では帰れずに、シーボーズが途方に暮れる場面は名シーン。後ろ手に地面の石ころを蹴っ飛ばすユーモラスな姿は地球人たちを泣かせた・・・。

最後は、みんなでロケットにくくりつけて、宇宙に送り出すのだった。

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2020年8月 9日 (日)

名勝負数え唄(昭和のプロレス)

新日本プロレスの実況・古舘伊知郎氏の作り出した言葉の中でも「名勝負かぞえうた」はすばらしい。たしかに、当時ライバル同士だった藤波辰爾と長州力の対戦は、毎回、名勝負だった。

僕らが子供時代のライバル対決といえば、タイガーマスクとダイナマイトキッド、タイガーマスクとブラックタイガーなど派手な対戦に目を向けがちだったけれど、藤波と長州のライバル関係は大人になって考えると感慨深い。

トップに君臨していたアントニオ猪木の愛弟子的な藤波に対して、いつでも長州は反主流派で時代を変えようと奔走していた。振り返ってみて、長州の人気が高かったのは、やっぱり会社なんかに同じ思いを持っていたサラリーマンたちの心情ではなかったか。

でも、改めて思うのは、藤波というレスラーの卓越した「受け」がなかったならば、名勝負は成立しなかった。

・・・そんな時代だった。

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2019年12月12日 (木)

バッド・ニュース・アレン(むかしのプロレス)

金曜の夜は、新日本プロレス。自分が小学校に上がるくらいにタイガーマスクが登場して、いつもテレビにくぎ付けだった。

大人になって、ときどき、当時は目立っていなかった地味なレスラーたちを思い出すことがあった。その中に、バッドニュース・アレンという外国人レスラーがいた。たしか、アブドーラ・ザ・ブッチャーの相棒なんかをしていて、スキンヘッドに黒々としたあごひげに、目がぎょろっとしていた。残念ながら、その戦いっぷりは、まったく記憶になく、いつも、ブッチャーの反則に便乗していたような感じだったと思う。

「バッドニュース」=「悪い知らせ」・・・その不吉な、それから、少し長いリングネームを連呼する実況の古舘伊知郎も印象的だった。

 

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2019年3月26日 (火)

宇宙人のテレパシー(ワンツー・どん)

NHK教育で放映されていた「ワンツー・どん」は、カテゴリー的には、音楽番組になるのだろう。


子ども時代に見たテレビを思い出すとき、お兄さんやお姉さんの周りに小さな子供たちが集まって、歌ったり、踊ったりするシーンは定番だった。

さて、「ワンツー・どん」のなかで、もっとも好きな曲・・・文句なしで、それは「うちゅうじんのテレパシー」だ!


みんなが人差し指を天に突き出して回る光景は、少し怖かった記憶がある。



”ふしぎな ふしぎなことば、テテテテ、テテテテ、テレパシー・・・”


全体的に、ちょっぴりシリアス感の漂う曲調。でも、個人的にグッとくるのは、


”両手で信号テレパシー”の若干、不思議な抜け方をする部分だ。


「テレパシー」という言葉を知ったのは、たぶん、これが最初ではなかったか。


 

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2019年3月21日 (木)

金曜ロードショー「V(ビジター)」

子どものころから見ていた金曜ロードショーでは、映画以外にも、
海外のテレビドラマなんかを放映することがあった。
一番よく覚えているのが、アメリカのテレビシリーズ「V」だった。
はじめはなんと読むのか迷ったけど、
サブタイトルに「ビジター」とあったので、
「visitor(来訪者)」の頭文字ということがわかった。


ある日、宇宙から他の星の住人がやってきた。
最初、地球人たちは、巨大な宇宙船に恐怖するのだが、
彼らが地球人に似た容姿で友好的だったので、
だんだん、気を許して安心する。
だが、彼らの真の目的は、地球の侵略と食料調達だったのだ!
とよくあるストーリーではあるが、宇宙人のなかにも反体制派がいて、
地球人と手を組んだりと、なかなかのドラマがあった。
なんといっても、当時、矢追純一氏のUFOブームもあって、
学校で友達と話す話題の大部分は、これだったと記憶する。

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2018年12月30日 (日)

バラバラマン(ロボットはっちゃん)

「ロボット8ちゃん」は、ロボットと人間の共存という、ちょっと時代を先取りした物語だった。ちなみに、似ている番組で、もう少し前に放送されていた「ロボコン」には、なぜか、少し暗いイメージがある。

さて、はっちゃんたちロボットの天敵である「バラバラマン」は、あまりにも有名なキャラクターであろう。スパナ型の銃で、ロボットを文字通り、バラバラにしてしまうのだ。見ていた当時は、こわい悪役にしか思ってなかったが、大人になって、改めて知った事実では、ロボット管理庁の役人で、違法ロボットの取り締まりが任務だったらしい。

だからこそ、中年男の哀愁も似合っていたのだ。とても個人的な話になるが、自分の生涯で、バラバラマンに似た人物にたくさん出会った気がするのだ!あの顔は、よくあるタイプの顔なのじゃないだろうか?たとえば、中小企業の経理課なんかにいそうな・・・。

その哀愁たっぷりな「赤い夕陽のバラバラマン」は、番組のエンディング曲であるが、今思い出すと、なかなか、しぶいメロディで、唄の合間にある「バラバラマン、バラバラマン」がいい。それから、歌のセリフが毎回、違うため、いつも最後まで聞いてしまうのだった。

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2018年2月12日 (月)

バトルフィーバーJ

今も人気が高い「戦隊もの」であるが、自分の記憶が始まるのは、「バトルフィーバーJ」からである。その前作、「ゴレンジャー」は再放送で、次の「ジャッカー電撃隊」は、オープニング曲のサビの部分でその名を覚えているくらいだ。

まず、なんといっても歌のカッコよさである。オープニング曲のはじまり「地球が悲鳴をあげてるぜ」やエンディングの「稲妻が走るとき 七つの海を越えて・・・」など、グローバルで壮大な感じがシブい。

その歌にも表されているように、世界中から勇者が集まって、地球の平和を守るというのが素晴らしかった。個人的な話になるけれど、自分が長らく”国際関係”に憧れ、こだわってきたのは、この「バトルフィーバー」こそ原点になっているように思うのだ。

さて、ミスアメリカの優雅な姿にキュンとしたほかに、なぜか、いつもバトルケニアの登場を待っていたような気がする。ゴレンジャーでいうところの「黄レンジャー」的なユーモラスな役どころの、たまに見せるシリアスな顔というのがグッとくるのだ。

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2015年4月 8日 (水)

2時のワイドショー・木曜心霊特集

キダ・タロー氏作曲のオシャレなテーマで始まる「2時のワイドショー」は、毎週木曜日が心霊・怪奇特集だった。放送のある日は、急いで幼稚園や学校から帰ってきてテレビをつけるのだが、家に誰もいない一人のときは怖くて見れなかった。

同じく、お昼の恐怖番組として有名だった「あなたの知らない世界」が再現ドラマがメインだったのに比べて、「2時のワイドショー心霊特集」は怪奇現象の起きた現地取材が多かった気がする。個人的には、呪いの石とか、人形といった実際に存在している物質的なものが怖かった。

心霊写真のコーナーも面白くて、被写体の手足が消えていたり、赤い光など発行体が写っていたりとライトなものから紹介され、ずばり霊体や顔などが写ったインパクトのあるものは後半に登場していたと思う。

もっとも印象に残っているのは、墓から人の声が聞こえた回で、そのシーンを想像すると、夜、トイレに行けなくなったものだ。

いつも、「神田川料理道場」のコーナーになって、ホッと安心したのである。

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2015年2月26日 (木)

水曜日のテレビ番組(80年代)

小学生時代、水曜日は朝から憂鬱だった。なぜなら、学校が終わってから、スイミングスクールに行かなければならなかったからだ。ただし、スクール終了後に食べるお菓子の美味しさと解放感は、僕を最高の気分にしてくれた。それから、家に帰ってからは、僕のゴールデンタイムで、ウキウキした気持ちでテレビを見れたのだ。

まず、絶対的に最優先されるテレビ番組は、「水曜スペシャル」だ。あの”川口浩探検隊”が放送される日は、必ず7時半からこのチャンネルである。
よく覚えている回は、「猿人バーゴン」と「二つの頭を持つ大蛇ゴーグ」。いつも「その時だった!」というナレーションで場面がいいところに入りそうになると、だいたいCMになり、その時間の長さと言ったら”永遠”かと思えるくらいに感じられたものだ。

以下、一般的な日のプログラムである。

夕食後の7時からは、アニメ「Dr.スランプ アラレちゃん」。ペンギン村で巻き起こる事件やキャラたちには笑えた。その後に「ドラゴンボール」シリーズが続いた。

7:30からは、同じチャンネルの「うる星やつら」。自分の年齢が上がってくるにつれて面白くなった気がする。とくに、オープニングやエンディングの曲が、ちょっぴり切なかった。

8時からは、「わくわく動物ランド」。なんといっても、”エリマキトカゲ”だろう。そのグッズを収集した思い出がある。それから、”千石先生”も忘れてはなるまい。

9時からは、「欽ちゃんのどこまでやるの」。ボーとした見栄晴や上手くしゃべれない斉藤清六が好きだった。それから、三人娘わらべの歌では、楽しくて明るい「めだかの兄妹」も、ちょっとさびしい感じの「もしも明日が」も記憶に残っている。

だいたい、水泳で疲れているので、「欽どこ」の途中で寝てしまうのが常だった。ちなみに、同時間帯に「水曜ロードショー」もあったはずだが、あまり記憶にない。


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2015年2月21日 (土)

ノッポさんとゴン太くん「できるかな」

個人的な話ではあるが、小学校の6年間ずっと、図画工作の成績だけは「たいへんよい」だった。そんな得意分野を作ってくれたのは、教育番組『できるかな』のおかげだと思うのだ。

ノッポさんが選んだ完全保存版 できるかな ベスト30選(5枚組) [DVD]

毎回、身近な材料でなんでも作ってしまう無口なノッポさんを尊敬のまなざしで見ていた。それから、あの愛らしいゴン太くんの発するモゴモゴ音も面白かった。ノッポさんが作ってくれたもので遊んで、ご機嫌なゴン太くんは、なんとも優しい気持ちにしてくれた。

ちなみに、ゴン太くんを見るたび思い出すものがあって、それは食堂に置いてあるプラスチック製の湯飲みだ!あの口の広い湯飲みをさかさまに伏せてみると、ゴン太くんの顔にそっくりなのだ。

それから、ノッポさんのチューリップ帽もカッコよかった。僕が大人になってハット型の帽子を被るようになったのは、ノッポさんと金田一耕助の影響である。

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