« 二鶴堂「卑弥呼の詩」(ローカルCM) | トップページ | 松田優作「家族ゲーム」 »

2013年11月27日 (水)

寺山修司の詩

悲しくなったときは 海を見にゆく

古本屋の帰りも 海を見にゆく

                     「かなしくなったときは」より

学生時代は、寺山修司の詩が好きだった。

文芸活動の基が俳句だったから、言葉の選択も上手なんだと思う。簡潔で短い文の中に、独特の世界観があり、しみじみと心に響いてくるのだ。

文庫本の帯なんかにも使われたりして、とても有名になった、

ふりむくな ふりむくな

後ろには 夢がない

は、「さらばハイセイコー」の中にある名文で、僕も青春時代の座右の銘だった。

これは、数々の伝説を残した競走馬ハイセイコーの引退を偲んだ詩で、様々な人が自分の人生とハイセイコーの思い出を重ねていくのであるが、もうハイセイコーは、競馬場にも、馬小屋にもいない。だから、過去は忘れて前に進もう、あれは単なる競走馬であり、数枚の馬券にすぎなかったのだと思い切ろうとするのであるが・・・・

だが忘れようとしても

眼を閉じると

あの日のレースが見えてくる

耳をふさぐと

あの日の喝采の音が

聞こえてくるのだ

・・・このように詩は終わっている。

|

« 二鶴堂「卑弥呼の詩」(ローカルCM) | トップページ | 松田優作「家族ゲーム」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 寺山修司の詩:

« 二鶴堂「卑弥呼の詩」(ローカルCM) | トップページ | 松田優作「家族ゲーム」 »