« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »

2013年10月30日 (水)

日曜日のテレビ番組(80年代)

子供のころ、毎週日曜日、祖父と祖母が我が家にやってきて、一緒に夕食を食べる習慣があった。そのためか、日曜日の夕方というのは、うれしいような、さびしいような、ちょっと複雑な心境だったのを覚えている。

そして、その日、家族で見ていたテレビ番組は、深く思い出に残っているのだ。

午後5時台、「笑点」をやっている時間帯に、みんなが集まり始める。

6時台からは、アニメである。まだ、「ちびまる子ちゃん」が開始される前の時代で、一番覚えているのは、「とんでも戦士ムテキング」の「タコの頭にハチマキ巻いて・・・」の歌だ。それから、定番の「サザエさん」。主題歌が始まると明日からの仕事や学校を思い出して憂鬱になる「サザエさんシンドローム」は、日本人なら、誰もが経験しただろう。

7時台からは、チャンネルの選択肢が増えて、アニメだったら「おじゃまんが山田くん」なんかがあったけれど、たいていは、「びっくり日本新記録」を見ていた。それから7時半からは多くのパターンがあって、土居まさる司会の「象印クイズヒントでピント」(「はい、マッハ(文朱)!」が印象的だ)か、ドキュメンタリー「すばらしい世界旅行」(これは我が家の男性陣に人気が高かった)、もしくは、アニメ「世界名作劇場」シリーズだった。ちなみに、このシリーズの中では、ダントツで「ふしぎな島のフローネ」が面白かった!

8時台、このへんから僕のチャンネル権限はなくなる。毎週見ていたのは、欽ちゃん司会の「オールスター家族対抗歌合戦」である。なぜか、人柄の良さそうな審査員の近江俊郎先生の感想には説得力があったものだ。たまーに、NHKの「クイズ面白ゼミナール」の日もあったはずだ。

9時になると、祖父母は帰っていく時間だ。それから、父が、「花王名人劇場」か「日曜洋画劇場」を観ているときに、僕は就寝するのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月12日 (土)

ジャンプバグ、サスケVSコマンダー(駄菓子屋シリーズ)

近所の駄菓子屋へ本格的に通い始めたのは、小学校に入ってからだった。初めてビデオゲームをやったのも、その駄菓子屋である。

表には、「ピンポンパン」というパチンコ台と外車エンブレムのメダルゲーム、それから、6畳くらいの店の中には、たくさんの駄菓子を並べているスペースの隣に、4、5台のビデオゲームが置いてあった。

最初に見たゲームは、「ジャンプバグ」。

僕らの地域では、「ワーゲン」と呼ばれていて、10円で、中腰か立ったままプレイする台だった。赤い車を操作して、ビルの上にあるドル袋やダイヤをとっていく。面が進むと、火山やピラミッドの面もあった。

次に覚えているのが、「サスケvsコマンダー」。

たくさんの忍者を手裏剣で撃ち落とすシューティングゲームだ。忍者のボスの使う派手な忍法とゲームオーバー時のはかない和風テイストな音楽が印象的だった。

また、思い出すことがあったら更新していきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月 2日 (水)

風見慎吾「涙のtake a chance」

僕らにとって、ブレイクダンスといえば、風見慎吾(風見しんご)さんである。

欽ちゃんの番組を見ていた影響で、小学4年のとき、同じクラス(3組)の仲間と一緒にブレイクダンスを始めたのだ。もちろん、ウェーブとか、バックスピンとか初歩的な技ばかりで、最後のころに、ちらほらとバク転ができるようになったくらいだったが。

そんなときに、一世風靡セピアのダンスをやっていた他のクラス(たしか1組)のチームが、当時ウルトラC級の「バク宙」を成功させたのだ!彼らには担任の先生の支援があったとはいえ、このニュースに僕ら3組の男子は、大きな敗北感を覚えたものだ。

ちなみに、ブレイクダンスを世に広めた風見さんの大ヒット曲「涙のtake a chance」をカセットテープに録音して練習していた。

歌の途中で、ダンスの始まる合図である「カモン!トミー!」というセリフが聞き取れなかったことと、サビの部分を「息が止まったら、死ぬ!」という替え歌にしていたことをよーく覚えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »