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2006年1月22日 (日)

門司港

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門司港駅は、大正3年イタリアのテルミニ駅をモデルにネオルネサンス様式を用いられ建造された。街は長く貿易の拠点として栄え、「バナナの叩き売り」発祥の地としても有名である。関門海峡を挟んで向こう側は下関であり、名産品のふぐ(:地元では「フク」とよんでいる)は名高い。

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右は大正13年、相対性理論で有名な物理学者アインシュタイン博士夫妻も宿泊した旧三井倶楽部(:三井物産の社交場)である。

歴史的には、門司と海峡の向こう側にある彦島で古代メソポタミア文明のシュメール文字の石盤などが発見され、かつて遠い地から流れ着いた一団があったものと思われる。古代より中国、朝鮮半島との交流も進んでおり、”文化の玄関口”という誇りもあったはずだ。平安から鎌倉時代への移行期、源氏と平家の戦いの行われた壇ノ浦から、落ち延びてきた平家の隠れ里なんかもあったらしい。

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2006年1月21日 (土)

ラプソディー・イン・ブルー

ジョージ・ガーシュインはアメリカの作曲家だ。ヨーロッパではじまったユダヤ人迫害の波を避けてアメリカに移民してきた。オペラ、ミュージカル、映画なんかの名曲を作って、有名なところでは「ポーギーとべス」、「パリのアメリカ人」なんかあった。

なかでも表題「ラプソディー・イン・ブルー」が好きだ。街の不良青年だった頃のガーシュインが思い出され、元気で明るいワンパク小僧の音楽って感じがする。テンションが下がり気味で元気になりたいときなんかはぴったりのミュージックである。

彼は、多くのクラシック音楽の作曲家が硬く清廉潔白な一生を送っていたのとは対照的に、生涯を酒と女にささげた芸術家だった。

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2006年1月14日 (土)

500マイル

500マイル」 訳詞:忌野清志郎

次の汽車が 駅に着いたら

この街を離れ 遠く

500マイルの 見知らぬ街へ

ぼくは出ていく 500マイル

ひとつ ふたつ みっつ よっつ

思い出数えて 500マイル

優しいひとよ 愛しい友よ

懐かしい家よ さようなら

汽車の窓に 映った夢を

帰りたいこころ おさえて

おさえて おさえて おさえて おさえて

悲しくなるのを おさえて

次の汽車が 駅に着いたら

この街を離れ 500マイル

ピーター・ポール&マリーの原曲に忌野清志郎が日本語訳詞をつけた。こちらの詞には、さりげない決意があって好きだ。どちらかというと原曲のほうは、恋人との別れがあり、故郷へは帰れない悲壮感が漂う。

Not a shirt on my back, not a penny to my name
Lord I can't go a home this a way
This a away, this a way, this a way, this a way,
Lord I can't go a home this a way.

ここで紹介しているCDはLeyonaがカヴァーしたもの。

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2006年1月 6日 (金)

Jimmy Mack(ジミー・マック)

Jimmy, Jimmy, oh Jimmy Mack, when are you coming back?

僕が「Jimmy Mack」を初めて聞いたのは、小林克也なんかがやってた「スネークマンショー」のコントの合間に入っていたサンディー&サンセッツのヤツだ。たしかYMOの細野さんが60年代の黒人娘三人組 Martha&The Vandellasの曲をテクノ風にリメイクしたやつじゃなかったかと思う。ちょっと衝撃的だった。

個人的に、マーサたちのゴスペル風な力強いかんじよりは、サンディーのやさしいかんじが好きだ。2002年だったかにSheena Eastonがカバーしたのもなかなかよかったよ。

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